消化器外科専門医のブログ

消化器外科を専門にする中堅医師です.消化器(食道,胃,大腸,肝臟,胆嚢・胆管系,膵臓)のがんや手術を要する急性疾患,緩和医療などの診療を行っています.特に肝臓外科が専門分野です.日々の学びや,自分の成長につながること,頭のなかで考えたことを中心に記しています.

151111 下大静脈腫瘍栓の摘出

下大静脈腫瘍栓とは,腫瘍が静脈内に進展していき,

それが延長していき下大静脈にまで達したものです.

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当科では腎細胞癌の下大静脈腫瘍栓に対して、年間に数例の手術症例があります。

決して珍しい手術ではありませんが,
われわれ消化器外科,心臓血管外科,泌尿器科の3科が合同して行う
大きな手術ですし,腫瘍の条件によっては人工心肺を回すことになります.
 
先日もこの手術があり,自分としては初めてこの手術に第一助手として入りましたので,
自分の復習のためにも,ここに手順を紹介しようと思います.
 
 
ベッドのセッティングは,人工心肺を担当する心臓血管外科が中心に行います.
われわれも腹部の視野展開のためのKent鉤を,ベッドサイドに3ヶ所かけます.
体位は仰臥位で,消毒を行い,いよいよ手術です.
 
心臓外科による開胸とわれわれの開腹は,同時進行で行います.
胸骨正中切開で開胸すると,心膜を切開し,
上行大動脈および上大静脈に,脱血管,送血管カニューレを挿入します.
また大腿静脈から穿刺し、総腸骨静脈までカニューレを留置します.
 
心臓外科の役割は、右心房に達した腫瘍栓を、右心房を開けて安全に摘出すること、
われわれ消化器外科の役割は、横隔膜から下大静脈をずっと露出させ、
切開して腫瘍栓を摘出することです。
 
そのためにまず肝右葉を脱転します.
この操作は,『肝部下大静脈』と言われる,
肝背面の下大静脈を遊離させるために必須となります.
 
型のごとく,肝鎌状間膜の切開を頭側に進めて,右冠状間膜へと連続させます.
この手術ではそれぞれの肝静脈を確保できるように,
この時点で右肝静脈と中肝静脈の股の部分をある程度剥離し、輪郭を把握しておきます.
 
そのまま右横隔膜と肝臓との剥離へとつなげ、
肝が授動されてくるに連れて,この剥離をさらに右側,背側に進めていきます.
右三角間膜を切離し,右葉を頭側に持ち上げるような形になります.
 
続いて肝下面で,肝腎間膜の剥離・切離を行います.
先ほどの剥離とつながり,肝が持ち上がってきます.
このときに下大静脈が見えるより先に,右副腎が見えてくるので,
肝に付着しているようなら慎重に剥離しておく必要があります.
今回の症例では,まったく癒着していませんでした.
 
すると次第に下大静脈が見えてきます.
下大静脈と肝尾状葉との間には,太い短肝静脈が介在しており,
尾状葉のdrainage veinとなります.
 
これらを1本ずつ丁寧に処理していくことで,下大静脈が露出されていきます.
良好な視野を得るためには,まず下大静脈前面の右側から
短肝静脈の処理を進めていきます.
 
いきなり尾側から進めると,よい視野が取れないことが多く,
少しずつ下大静脈と尾状葉の間が『開く』ように,
様々な方向から攻めるのが良さそうです.
 
ここはこの手術におけるポイントのひとつですので,慎重に行います.
ここでは何よりも確実な操作を心がけ,不必要な出血をさせないことです.
 
この短肝静脈の処理を頭側まで進めると,肝静脈となり,
これにて肝授動は終了となります.
 
さらにそれより尾側の下大静脈を露出させるべく,
十二指腸の授動(Kocher授動)を行います.
十二指腸,膵頭部を授動していくと,下大静脈がすぐに露出し,
同時に左腎静脈が現れますので,このレベルを剥離しておきます. 
 
左腎静脈及びその下大静脈への流入部は後壁まで剥離しておき、血管テープで確保することで、のちに血管カンシでクランプできるように準備しておきます。
この時下大静脈背側から流入する、腰静脈を損傷しないように注意が必要です。
これで下大静脈の切開の準備は終了です.
 
ここまで準備ができた時点で、ヘパリン化して人工心肺を回します。
腫瘍の尾側の下大静脈は、左腎静脈の血流が尾側に流れるように斜めにクランプし、腎静脈頭側でサージカルテープを通して、それにネラトンカテーテルを通しておき、腫瘍ごとクランプできるようにしておきます。

心臓外科に右心房を開けてもらい、腫瘍栓前面で下大静脈を切開します。
実は本来なら肝臓の裏の、肝部下大静脈で切開し、それを下方まで大きく延長してくるのですが、今回の腫瘍が触診上、可動性が良く、周囲との癒着がなさそうであったため、右心房からずるずると引き出せそうと考えたのです。

そのため、一旦腫瘍栓を離断しておき、その口側をまず摘出します。
予想通りに事は運び、みごと右心房から引きずり出せました。

この段階で下大静脈は4-0プロリンで連続縫合で閉鎖しておきます。

後は泌尿器科が腫瘍と右腎を腫瘍栓ごと摘出し、右腎静脈は根部で結紮します。

後は他の手術と同様に、止血の確認、ドレーンの留置を行い、閉腹、閉胸して手術を終了します。

この手術のポイントは、
特に血管周囲の剥離操作を丁寧に行うこと、
それぞれの場面での適切な視野の確保、
狭い場面であっても素早く確実な結紮ができること、
など特別なことが要求されるわけではありませんが、普段の総合力が問われる手術であると言えると思います。

その意味でも自分はまだまだであったと反省しています。

尾状葉の裏面で短肝静脈を処理する場面の、視野展開が悪かったこと、
結紮がまだまだ安定感とスピードに欠けること、
血管縫合の緊張した場面での糸さばきにまごついたこと、

などが具体的な反省であり、次にやる時には改善します。