消化器外科専門医のブログ

消化器外科を専門にする中堅医師です.消化器(食道,胃,大腸,肝臟,胆嚢・胆管系,膵臓)のがんや手術を要する急性疾患,緩和医療などの診療を行っています.特に肝臓外科が専門分野です.日々の学びや,自分の成長につながること,頭のなかで考えたことを中心に記しています.

150814 肝部分切除の手技 左手の使い方 〜視野の展開から出血のコントロールまで〜

肝切除において,左手は決定的に重要な役割を持っています.

消化器外科手術の全般において,左手は重要な事に違いはありません.一般的に左手は鑷子で切離したい組織の近くを持ち,適切な展開・カウンタートラクションをかけて,的確で安全な切離の微調整をします.

 

一方,肝切除の行程の中で,実質離断では左手は直接肝臓を持つことになります.

まず1つ目の重要な役割としては,「肝臓の取り回し」です.

これは肝臓を持ち上げて,これから切離する部分を良い視野に持ってくることです.放っておいても視野の中央にある場合,S4やS5などの場合は,これはあまり気にすることはないですが,とくにS6,S7,S8などでは,十分に肝臓を脱転した上で,左手で「ぐっと」持ち上げることでようやく視野に現れてくれます.

これは見ていると一見は簡単なのですが,実際にやってみると思うように扱えず,難しいのです.しかしこれはやって慣れるほか無いと思います.上手な先生がどんな方向に,どんな手つきで持ち上げているのか,観察することも大切です.

 

2つ目の役割は,出血のコントロールです.

肝臓からの出血はグリソンから,とくに門脈からの出血と,肝静脈からの出血とがあります.前者は肝流入血流をPringle法などにより遮断することで,大きく減少させることができます.一方で静脈血は,肝静脈を背側から持ち上げるように圧迫することで,こちらも減少させることができます.

これも実際にやってみると,左手の圧迫が「効いている」かどうかで,全く変わってきますので,ぜひ身につけたい手技と言えます.背側からの圧迫が十分に効くためには,当然ですが切離線の背側に左手を入れる必要があります.ですので部位によっては肝の授動を十分に行う必要があります.ここに関しては,前回の授動後の癒着が強いため,授動が難しいこともよく経験されることでありますので,授動にかかる時間や負担と,静脈出血のコントロールのメリットとのバランスで,どこまで授動するかを決める必要があります.

 

最後に3つ目は,局所の視野の展開です.

部分切除では,特に切り始めの視野はとても狭く,切離が進むにつれて視野が開けてきます.このときに,左手は後方から腹側に向けて圧迫しつつ,さらに切離線を「開けて」視野を確保するのです. 具体的には左手の第3,4,5指で背側から挙上しつつ,第1指と第2指で切離線を開くようなテンションをかけるのです.自分でテンションをかけることで,視野を開けることと,ペアンクラッシュ時のテンションを細かくコントロールすることができます.離断が深くなってくると,指を離断面にかけて押して視野を作ることもできます.

 

このように肝切除において左手は,肝切除特有の動きと役割を持つものです.

肝臓手術の分野でも,「左を制するものが,肝切除を制する」,と言えるかもしれません(言いすぎでしょうか).

 

本日の教訓

・肝切除時の左手の動きを前もって十分に理解し,特有の動きによって大きな視野と局所の視野を確保しつつ,肝静脈からの出血を減少させる.

・実際の動き・感覚はやってみないとわからないが,事前に意味と動作を理解しておき,手術後に振り返って復習することで,ラーニングカーブを大きく改善させることができる.