消化器外科専門医のブログ

消化器外科を専門にする中堅医師です.消化器(食道,胃,大腸,肝臟,胆嚢・胆管系,膵臓)のがんや手術を要する急性疾患,緩和医療などの診療を行っています.特に肝臓外科が専門分野です.日々の学びや,自分の成長につながること,頭のなかで考えたことを中心に記しています.

150816 日常の積み重ねが極限状態で活かされる

先日,術後の患者さんの容態が急変し,一刻を争うような緊急事態となりました.

結果的には,緊急手術で救命することができたのですが,対応を一歩間違えれば,命を落としていたのではないかと思います.

その詳細はこの場では触れませんが,最終的に手術をやり終えるまでの過程は,状況が刻一刻と変化する中で,その場で最善と思われる処置・治療をしながら,どのような形で着地させるのか,手術をするべきなのか,それとも別の治療法を選択するべきか,チームで必死になって考え,乗り越えました.

後から振り返ってみますと,最終的に手術をするかどうかの判断は,ギリギリの状況での判断であり,今から考えても難しいものでした.一方で,その時点で目の前の状況に対して何をすべきか,という点においては,実は普段からしていることの延長にすぎない,ということがわかります.

適切に臓器を扱って視野を作る,圧迫止血,適切な吸引による出血のコントロール,安全な剥離操作による,術後の変化を含めた解剖的な位置関係の把握,もろくなった組織に対する縫合操作,などを適切にそして迅速に個々が行うことで,緊急の状況のもとであっても,安全でスムーズな手術が完遂できます.

 

これらの手技自体は,日常の定形手術において普段から行っていることです.しかし今回のような,緊急度と難易度の高い状況では,それぞれにミスや不十分な手技ということは許されません.それぞれがなしうるベストを尽くすことで,初めて成立します.

そう考えますと,普段から行っている手技の重要性が,否が応にも問われるということが言えます.当然のことながら,普段からも手技に手を抜くようなことはありませんが,その時点で成しうるベストを尽くす,という観点からすると,結紮ひとつ,視野確保ひとつとってみても,残念ながらそうであるとは言い切れません.その場は問題がないので,ここまでにしておく,ということはあります.

単純な手技,操作であっても,「その場」で求められるまでのレベルに甘んじるのではなく,その手技における最も完成度が高いレベルに仕上げる,それによっていざ難易度の高いものが求められる状況で,それを完遂しうるのではないか,そんなことを考えました.

 

P・F・ドラッカーの『プロフェッショナルの条件』の中にある一節に,子供の頃にピアノの先生に言われたことが載っています.モーツァルトシュナーベルのように弾くことはできなくても,音階はシュナーベルのように弾かなければならない.」という内容でした.これは手術において,全く同じことが言えることです.耳が痛いこのセリフを噛み締め,これからの手術や臨床に取り組んでいこうと,決意を新たにした次第です.

 

本日の教訓

・とっさの状況で問われる手技や知識は,普段の研鑽・積み重ねでしか,身に付けることはできない.

・華麗な手術は無理にしても,現時点でも華麗な結紮はできなければならない.