150826 高齢者の患者さんに対する手術をどの程度勧めるか
消化器外科において,高齢者(75歳以上を指すことが多いです)に対する手術を積極的に行うかどうか,という議論が盛んになされています.
胃癌,大腸癌から膵癌,そして私の専門の肝臓癌についても,同様の議論があります.
実際に手術を受けられた患者さんのデータを集めて,まとめて解析すると(後ろ向き研究といいます),大体どの施設でも,高齢者の術後合併症は特に増えるわけではありません.また,長い期間でみた成績,例えば5年生存率を見ても,ほぼ同じ数字になるので,高齢者の手術は安全かつ長期生存も得られる妥当な選択といえる,という結論になります.
これにはいくつかの事情があるのですが,その詳細はまたの機会にするとしまして,例えば学会でこれらを議論したときに,どうも議論がかみ合わなかったり,なんとなく納得いかなかったりすることがあります.
そのことについて,先日一緒に働いている先輩と話をしてわかったことがあります.
その先生によると,最近の議論を聞いていて思うのが,このデータの結果を見て「だから高齢の患者さんにも,どんどん積極的に手術をしましょう!」と声高に主張される先生方がいて,ものすごく違和感があると.
それはなぜかというと,その先生たちは「いいことをやっている」感覚,もっと言うと「いいことをやったってる」感をもっており,それが強く伝わってくるそうです.
そもそもわれわれのやっている消化器外科手術は,特に食道癌や胃癌,膵臓癌でそうですが,言ってしまえば手術をすることで間違いなく患者を危険にさらしますし,うまくいっても食道や胃を切ってつないでいるわけですから,まったく元通りに食事を取れるようにはなりません.どうしても一定の割合で術後の合併症を起こすこともあり,しんどくつらい目に合わせてしまうことがあるのです.
そういった手術の「負」「マイナス」の側面に想いを至らすことなく,「患者にとって(当然の)いいこと」「プラス」になることをやっているのだから,悪いデータがない以上,どんどん勧めて,どんどん手術を増やしていく,と考えるのであれば,患者さんに対する深い考えや配慮,それこそ複雑で不安な精神状態への慮りなどは,おそらく欠けているであろうことは,想像に難くありません.
先輩の先生は,胃癌の手術の説明をするときに,必ず
「胃の手術をすると,必ず具合は悪くなりますよ.」
と外来の時点から,強調して,はっきりと言うそうです.それは,後で患者さんに言われるのを避けるためではなく,胃癌の手術,治療というのはそういうものであると,わかってもらうために言われています.
最善をつくすけれど,食事がしにくくなることもあるし,合併症で入院期間が長くなることもあるし,退院後も腸閉塞を繰り返してしまう方もいるし,抗癌剤治療でだるい日々を過ごす方もいる.そしてその最たるものが,「癌が再発してしまう人がいる」という非情な事実です.
そういうことを,ちょっとずつ考えてもらうようにしている,そう仰っていました.
やや突き放したように感じられるかもしれませんが,どちらが本当に患者さんのためになるかは,はっきりしています.
これらは両極端な例かもしれませんが,自分はどんなスタンスを取るのか,どんな医療を提供するのか,ひいてはどんな外科医でありたいのか,よりはっきりと定めておきたいと,強く思いました.